カテゴリー別アーカイブ: 夕焼けニャンニャン

マスカットナイトフィーバー わだかまりデュエットのバックストーリー

標準

まず、アイドルの番組で出演者の口喧嘩対決といえば、AKBINGOの
ショージキ将棋が有名ですが、

マッコイさんやオークラさんという、AKBINGOの毛利さん
と同世代のスタッフの番組だということを考えると、
そこからは持ってきてないと思います。

逆に両雄とも同じソースから持ってきていると思います。

となるとどこから来てるのか。

そうです。

夕焼けニャンニャンのタイマンテレフォンですね。

石橋貴明さんが視聴者からのハガキを選び
ランダムに電話して口喧嘩するというもの。

これ最初は普通にファンと話す企画だったんですが
けんかに発展する回があってそれが跳ねたので
そこからタイマンになった経緯があるんですよね。

そしてマスカッツ。

初代マスカッツの時「スカットテレフォン」ていう企画が
ありました。

ゲリラ的に番組に関わっている芸能人に電話して
悪口を言う企画でした。

だからタイマンテレフォンから来てる確率の方が
高いですね。

主旨は面白いからデザインだけ変えてまたやろう
ってことで決まった気がします。

企画タイトルについて。

これはわだかまりデュエットのBGMがわがままジュリエット
なんでどちらかが先だと思うんですが、
マスカッツの企画で以前最後に歌う企画があったんで
それを生かす形にして喧嘩した後デュエット
するっていう内容が決まって、

デュエット
ジュリエット
わがまま
わだかまりデュエット

って感じで決まったんじゃないかと思います。

まあ、そんなこと、、どーだっていいんですけどね。

みつま

co.みつまJAPAN

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おニャン子とAKBの秋元康による決定的なポジションの違いと、とんねるず=AKBだと考える理由。

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AKBが出てきてから、秋元康ととんねるずとその周りのスタッフ
の世界が大好きなのでおニャン子についてよく回顧します。

おニャン子は夕焼けニャンニャンが基軸コンテンツでした。
ハロプロにとっての浅草橋ヤング洋品店のような、
そこで公開オーディションをやり、
テレビ番組で仕事をやりながらファンの声援と共に成長していく様を
楽しむことができました。

で、AKBは10年を超えるプロジェクトに成長しましたが、
おニャン子はたった2年程度で終了しました。

その原因はなんなのか。違いはなんだったのか。

夕焼けニャンニャンの場合、メンバーはマスコット的な位置で、
番組の主役はお笑い芸人でした。

その証明として、私は夕焼けニャンニャンマニアでしたが、
おニャン子には特になにも興味がなく、
グッズやレコードに一円も投資するきも起こりませんでした。

番組の最高沸点も
片岡鶴太郎、大竹まこと、とんねるず、B21、他の芸人さん
のおニャン子が絡まない単独のコーナーでした。

ということで、

私はいろいろ突き詰めていくと一つの結論が出ました。

おニャン子とAKBの決定的な違い。それは、

おニャン子は番組のマスコットだったが、AKBは番組の看板だということ。

これはAKBの全てのコンテンツに当てはまると思います。
全てにおいて主役であり、メインキャラクターで、芸人はサポート役
です。

AKBINGOでウーマンの2人のコーナーなんてありませんが、
夕ニャンではとんねるずの単独コーナーが一番の人気番組
でした。

わかりやすいところだと工藤静香とか国生さゆりの看板番組は
ありませんでしたが指原氏の看板はありますよね。
それもデビュー直後で。

まあ一番売れた例は良くてとんねるずが満里奈を引っ張ってきて
有名にしたところですよね。

国生は後に有名になりましたがそれはおニャン子とは
関係なく実力です。

話を元に戻すと、

さらに、

私は今考えると、夕焼けニャンニャンは実はおニャン子の番組だった
んじゃなくて、とんねるずの番組だったんじゃないかって
思うんです。

夕ニャンにおいては

秋元康=AKB
秋元康=おニャン子=夕ニャン ではなく、
秋元康=とんねるず=その他のお笑い芸人=おニャン子=夕ニャン

という順番だったんじゃないかって思うんですよね。

秋元康が夕ニャンでもっとも売り出したかったのは、
おニャン子ではなくとんねるずだったんじゃないかと。

で、とんねるずの成功例をもとにAKBを発足したと。

とんねるずがコルドンブルーという場所で
仲間と切磋琢磨していた状況は
AKB劇場と重ねて考えることができます。

その仲間をキャスティングして当時は秋元康
が企画をつくって、次々に大成功を収めていきました。

今のAKBと似ていますよね。

たびたびここでAKBの原点はとんねるずという話をしますが、
今回もその繋がりを強くするようなことに気づいた
有意義な一日でした。

「AKBチーム8のブンブン!エイト大放送の元ネタやスタッフ構成について解説。

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番組タイトルの秘密

まず、タイトルは

1977年9月25日 – 1987年9月27日
ヤンヤン歌うスタジオ

という、
田原俊彦、近藤真彦、野村義男といった
金八先生初期のアイドルブーム時に大人気だった
番組が元ネタのひとつですね。

内容についても、芸人のMCさんを中心に出演者のみで
構成したバラエティ企画と、
出演者の普通の楽曲パフォーマンス、
といった内容の番組でした。

この流れはまず8時だよ全員集合の合唱コントで
アイドルのアドリブをドリフがいじるのが盛り上がってきて、

台本コントにアイドルが参加するようになり、

1975年4月4日 – 1975年9月26日
1976年4月2日 – 1986年3月28日
カックラキン大放送

という番組では、
まず野口五郎というアイドルが主役のコントが中心になり、
台本コントに本格的にアイドルが参加するようになります。

そして、ムー一族というコメディドラマでは
西城秀樹が主役に配役されます。

ということで、タイトルについては
ブンブンはヤンヤンから、
大放送はカックラキンから
ですね。

1986年11月5日 – 1994年9月25日
歌謡びんびんハウス

では、コントではなく、企画ものでアイドルが
番組を盛り上げました。

ここらあたりから秋元康が出てきます。

オールナイトフジ
夕焼けニャンニャン

ここで、鶴太郎さんや港さんに支えられて、
とんねるずが秋元康の期待通り大活躍し、

みなさんのおかげでした
オールナイトニッポン

という流れになって大スターに
なりあがっていきました。

先日の矢吹奈子のPVの流れや、

指原氏のディナーショーのセトリ

昼の部

M01 サン・トワ・マミー (越路吹雪)
M02 ダンシングヒーロー (荻野目洋子)
M03 淋しい熱帯魚 (Wink)
M04 DESIRE (中森明菜)
M05 LOVEマシーン (モーニング娘。)
M06 夜明けのMEW (小泉今日子 )
M07 赤いスイートピー (松田聖子)
M08 世界でいちばん熱い夏 (PRINCESS PRINCESS)
M09 世界中の誰よりきっと (中山美穂&WANDS)
M10 私がオバサンになっても (森高千里)
M11 今すぐkiss me (LINDBERG)
M12 六本木心中 (アン・ルイス)
M13 少年時代 (井上陽水)
EN01 前前前世 (RADWIMPS)
EN02 ヒロイン (back number)
EN03 SOMEDAY (佐野元春)

夜の部

M01 マイウェイ (フランク・シナトラ)
M02 ダンシング・ヒーロー (荻野目洋子)
M03 淋しい熱帯魚 (Wink)
M04 DESIREー情熱ー (中森明菜)
M05 LOVE マシーン (モーニング娘。)
M06 夜明けのMEW (小泉今日子)
M07 赤いスイートピー (松田聖子)
M08 秋桜 (山口百恵) ※ギター:後藤輝基
M09 津軽海峡・冬景色 (石川さゆり)
M10 つぐない (テレサ・テン)
M11 人生いろいろ (島倉千代子)
M12 悲しみがとまらない (杏里)
M13 真夏の夜の夢 (松任谷由実)
M14 少年時代 (井上陽水)
EN01 前前前世 (RADWIMPS)
EN02 ヒロイン (back number)
EN03 愛の讃歌 (エディット・ピアフ)

から推察できるように、
秋元さんは最近自分が影響を受けた昔の流行やアーカイブを
再評価している感じなので、この番組の初回を拝見したとき、
私にとっては来るべき番組が来たなあと思いました。

であまり挑戦できない昨今、前述の番組たちは、
昔高視聴率を稼いでいたヒット番組ばかりなので、
ある程度稼げる計算ができるのでそれも
あると思いますね。

現在のアイドルたちを昔大人気だった番組の入れ物で
反応させたら面白そうだなっていうね。

方程式の関数の数値だけ入れ替えてみようっていう。

HKTの最近のコンサートでも懐かしいヒット曲を必ずやりますよね。

指原氏はファンの性質について自分のファン層は特殊だって
常に言ってますからそれを考慮した流れでもある気がします。

あと年齢についていじられると客席に向かってあなたたちより
若いとか言って満足してますしねw

とまあ、内容についてはそんな感じですね。

スタッフ陣の秘密

あと一つ、今回のMCはオードリーですよね。
でオードリーといえばオールナイトニッポンですよね。

その番組の構成作家として若林氏が指名したのは佐藤満春氏。

通称、サトミツ、サトミツボーイ、有吉さんは若林氏が
いるときは2人しか知らないサトミツボーイという名前
をニヤ付きながら出して笑わしますw

その佐藤満春さんがブンブン8の作家として参加している
のは感動しましたね。

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でもここから秋元康がスタッフ陣については中国のように
自分の国から押し付けるわけじゃなく、
日本のように現場に任せていることがわかり
なるほどなってますます秋元さんが好きになりました。

AKB48 心のプラカードの元ネタがやっとわかりました。また秋元康とんねるず経由でしたw

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何回も脳内でリピートさせて、コード進行とかBPMも変えたりして
思い出していたんですが、、

まずグルーヴ的には秋元康の年齢や時代、好みも考慮して、
ドリフの8ビートで刻んでいくズンドコ節とか
一連の曲に見当付けていたんですが、一向に重なるような
曲に行きつかず、

考えに考えて、、(紳助風に)「お父さん、、見つかりましたよ!」

やっぱまた秋元康+とんねるず繋がりでしたね。

松本伊代
センチメンタルジャーニー


でした。

共演も果たしていたんですねw

モヤモヤが晴れたところで当サイト名物の
私が知る限りの解説を。

秋元康ととんねるずと松本伊代は

オールナイトフジ、
夕やけニャンニャンで

黄金時代を築いた戦友でした。
オールナイトフジは女子大生をテーマにした
深夜番組でしたので女子大生世代の伊代さんが
MCに抜擢されました。

そして、同時に始まった今度は女子高校生を
テーマにした夕方の帰宅時間に始まった
番組が夕やけニャンニャンでした。

そして2つの番組に共通していたのは
鶴太郎さん、とんねるず、秋元康とSOLDOUT、港浩一、そして
松本伊代さんでした。

伊代さんは当時、すごく素晴らしい女性だということで
ボンドの伊代さんて感じにカタイ事務所ってことをネタ
にしてたけしさんもラジオで取り上げていましたよね。

また旦那さんのヒロミさんはとんねるずや秋元さんとの繋がりがたぶん
一番世代が近いところも相まって強いんじゃないかと思います。
よく一緒に番組に出ていましたよね。

共通してスタッフいじり芸がうまかったですよね。

デビッド伊東さんに仕事がないという悩みを
相談されてラーメン屋修行を提案したのはとんねるずでした。

まあ今ではそれを生かして
役者として、ラーメン屋の店主としてきままに人生を謳歌
されてらっしゃいますね。

ざっと思い浮かぶのはこのへんまででしょうかね。。

AKBとかかわっていると、ずっと僕の大好きだった
秋元康ととんねるずを基本ラインにしたバラエティ
全盛期の空気をいろんなところで感じることが
できるので楽しいですよ。

ももクロとはまた違った楽しみ方、AKBでしか
感じることができない楽しみ方ですね。

2013.09.18 AKB48 34th じゃんけん大会 監修秋元康てことで思い出すのは夕焼けニャンニャンの腕相撲企画

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とんねるずがまだ取り巻きが少なくて
秋元康とより親密度が強かったこの時代。

秋元康のAKBと企画監修しているじゃんけん大会
てことで思い出さずにはいられないのは
秋元康の第一次黄金期の傑作とんねるずと
夕焼けニャンニャンの時代。

そして夕焼けニャンニャンの特にじゃんけんに
繋がっているだろうこの腕相撲企画。

とんねるずのマネージャーボブ市川と後継の
ベティと戦うことで一般高校生帰宅部のストレス発散の場
となっていた夕焼けニャンニャンとこの企画。

指原さん!!!

秋元康とはなんなのか。

まずはとんねるずに詳しくなって下さい。
テレビ、ラジオ、音楽、縦横無尽に
秋元康と遠藤察男他が活躍していました。

そして全て今のAKBにつながっているんです。

まだあなたは若い。時間はたっぷりあります。
勉強して下さい。
そこには関東のバラエティの全ての源流が詰まっております。