おニャン子とAKBの秋元康による決定的なポジションの違いと、とんねるず=AKBだと考える理由。

標準

AKBが出てきてから、秋元康ととんねるずとその周りのスタッフ
の世界が大好きなのでおニャン子についてよく回顧します。

おニャン子は夕焼けニャンニャンが基軸コンテンツでした。
ハロプロにとっての浅草橋ヤング洋品店のような、
そこで公開オーディションをやり、
テレビ番組で仕事をやりながらファンの声援と共に成長していく様を
楽しむことができました。

で、AKBは10年を超えるプロジェクトに成長しましたが、
おニャン子はたった2年程度で終了しました。

その原因はなんなのか。違いはなんだったのか。

夕焼けニャンニャンの場合、メンバーはマスコット的な位置で、
番組の主役はお笑い芸人でした。

その証明として、私は夕焼けニャンニャンマニアでしたが、
おニャン子には特になにも興味がなく、
グッズやレコードに一円も投資するきも起こりませんでした。

番組の最高沸点も
片岡鶴太郎、大竹まこと、とんねるず、B21、他の芸人さん
のおニャン子が絡まない単独のコーナーでした。

ということで、

私はいろいろ突き詰めていくと一つの結論が出ました。

おニャン子とAKBの決定的な違い。それは、

おニャン子は番組のマスコットだったが、AKBは番組の看板だということ。

これはAKBの全てのコンテンツに当てはまると思います。
全てにおいて主役であり、メインキャラクターで、芸人はサポート役
です。

AKBINGOでウーマンの2人のコーナーなんてありませんが、
夕ニャンではとんねるずの単独コーナーが一番の人気番組
でした。

わかりやすいところだと工藤静香とか国生さゆりの看板番組は
ありませんでしたが指原氏の看板はありますよね。
それもデビュー直後で。

まあ一番売れた例は良くてとんねるずが満里奈を引っ張ってきて
有名にしたところですよね。

国生は後に有名になりましたがそれはおニャン子とは
関係なく実力です。

話を元に戻すと、

さらに、

私は今考えると、夕焼けニャンニャンは実はおニャン子の番組だった
んじゃなくて、とんねるずの番組だったんじゃないかって
思うんです。

夕ニャンにおいては

秋元康=AKB
秋元康=おニャン子=夕ニャン ではなく、
秋元康=とんねるず=その他のお笑い芸人=おニャン子=夕ニャン

という順番だったんじゃないかって思うんですよね。

秋元康が夕ニャンでもっとも売り出したかったのは、
おニャン子ではなくとんねるずだったんじゃないかと。

で、とんねるずの成功例をもとにAKBを発足したと。

とんねるずがコルドンブルーという場所で
仲間と切磋琢磨していた状況は
AKB劇場と重ねて考えることができます。

その仲間をキャスティングして当時は秋元康
が企画をつくって、次々に大成功を収めていきました。

今のAKBと似ていますよね。

たびたびここでAKBの原点はとんねるずという話をしますが、
今回もその繋がりを強くするようなことに気づいた
有意義な一日でした。

広告

コメントは受け付けていません。